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 朝日が地平線から生まれる少し前、自由惑星同盟軍は開戦前の興奮に包まれていた。
 リンツはやや高台となる地点で、装甲車のハッチを開けて外気に上半身を晒しながら待機している。彼の周囲には敵を葬り去るための剣――今の世ではビームライフルや砲弾が主流だ――を抱えた薔薇の騎士連隊の兵士たちが、どこか神妙な顔つきで合図に耳を澄ませていた。
 連隊長が率いる別働隊は目標地点まで無事に到達しただろうかという不安は、多少なりとも感じるものだ。潜入部隊の兵数は絞っている。敵に発見されれば敵中で孤立し、陽動どころか彼らが殲滅されてしまう恐れがある。
 だが不吉な銃声や騒音が敵陣から響くことはなく、仮初めの静寂の中で夜が明けようとしている今、リンツには確信があった。彼の上官は、死に神の鎌など戦斧で叩き折る男だ。戦意の低下した敵たちの懐へ潜り込むことくらい、わけもなくやってのける。気恥ずかしい言葉だが、信頼と言っても良いかもしれない感情が、彼の体内に確かな強靱さで宿っているのだった。
 闇の中、次第に光の気配が濃くなっていた。9時の方角から現れた赤く凝った恒星光が、暁夜を払っていく。
「来ました」
 基地の方角を望遠スコープで覗き込んでいた操縦兵が、簡潔な報告を彼に知らせた。その声をかき消すかのような爆音が、頭上を駆け抜ける。燃えるように輝く空を5機編隊の鋼の機体が飛び去り、腹に抱えた空対地ミサイルを敵陣へとぶち込んだ。炸裂した爆弾が花火のように散り、幾つかの帝国軍の装甲車や機関銃、そして数え切れないほど多くの命を吹き飛ばす。それが、合図だった。
 無線に全体の指揮を執る基地司令官の濁声が入電。基地司令官であるマーシュ准将は絶対的有利な状況となるや否や、前線まで出張ってきていた。
「総員、攻撃開始せよ。繰り返す。攻撃を開始せよ」
 先程まで静まりかえっていた大地には無秩序な砲声やエンジン音が轟き、束の間の静寂を猛々しく蹂躙した。大気は連続する爆発音に震え、たなびく白煙が朝焼けの空に歪な線を描き出す。
 昨日までの戦闘とは違い、同盟軍は数の上でも、士気の上でも勝っていた。そこへ不意の奇襲をしかければ、その時点で殆ど勝敗は決していた。
 第三歩兵連隊の連中は功利的であったが、圧倒的有利な状況下で敗退するほど無能ではない。ただ、空からの攻撃を警戒して窪地に布陣し、対空砲や機関銃を設置していた幾つかの敵部隊には苦戦しているようだった。馬鹿正直に数で押そうと正面から攻撃を仕掛けているために、あたら犠牲を出している。いずれ数の暴力が帝国軍の防衛線を食い破るとしても、その頃には敵の前線司令部はもぬけの殻だろう。それも理解しているからか、さきほどから無線では猛攻を指示する怒号が飛び交っている。
 だがその中で、薔薇の騎士連隊は沈黙を守っていた。火力支援の命を受けたはずの彼らは、交戦開始から一度も発砲していなかったのである。
 状況報告を受けた基地司令官のマーシュ准将は、腹立ちを込めて軍靴で地面を強く抉った。
「なにをやっとるのだ! あの亡命者どもめ! また裏切るつもりか!」
 裏切りの亡命者。それは祖国である帝国を見限ったという意味だけでなく、薔薇の騎士連隊が過去に輩出した先人たちの所行から奉られた通り名である。いくら自由惑星同盟の旗を仰いで勇敢に戦えど、過去の連隊長の行為をすすぐことはできないのだ。
「シェーンコップ大佐を通信で呼び出せ!」
 マーシュ准将の副官は、速やかに命令を復唱して行動に移した。しかし、お目当ての薔薇騎士連隊隊長を呼び出すことができなかったのは、彼にとっては不運なことであった。
「司令官閣下、シェーンコップ大佐は多忙のため、副隊長のリンツ少佐が通信に応じるとのことです」
「なんだと?」
 明らかに先刻よりも怒気を募らせた上官の視線に、彼は口答えも復唱もせず、賢明にもただ敬礼して通信機の正面の場所を譲った。
 マーシュ准将が通信機のマイクを鬼の首を取ったように掴み、激情を声に乗せて迸らせた。
「薔薇の騎士連隊(ローゼンリッター)! 総攻撃の指示を聞かなかったのかね!」
「通信感度は良好です、マーシュ准将。お声は充分すぎるほど届いております」
 前線の簡易通信機に、映像送信機能はない。もしもマーシュ准将が通信機の向こうを見ることができたなら、怒りの温度は二倍になっていただろう。リンツは騒音を発するヘッドセットのイヤホンを耳から一センチ以上離し、装甲車のハッチに片肘をついて顰め面で応答していたのである。
「それならば、なぜ支援をせんのだ! そのくせシェーンコップ大佐は忙しくて通信に出られないなど、どうかしている!」
 もっともな意見であると、リンツ自身も罵倒には同意するところがある。傍目から見れば、今の薔薇の騎士連隊はただの見学者にすぎない働きしかしていない。リンツは、シェーンコップのもうひとつの意図を今更ながら深く実感した。あの人は、このように罵声を聞きながら待つのが嫌だったに違いない、と。
 どのようにマーシュ准将をいなすべきか思案したリンツだったが、彼の愚痴が彼の御仁に届いたのか、新たな報がほぼ同時に通信機の両側にもたらされた。
「第二、第三大隊が交戦中のα地点に新たな増援……いや、あれは、同盟軍だ……薔薇の騎士連隊です! 薔薇の騎士連隊が敵の真後ろ、12時方向から出現、突撃しています!」
 報告を受けたリンツは、司令部との通信を一瞬切り換え、全隊に向けて通信回路を開いた。装着したインターカムのマイクを引き寄せ、父祖の地の言葉で宣言する。
「隊長たちに当てるなよ! ファイエル!」
 彼らの陣取る高台から次々に砲弾が発射され、奇襲に混乱する帝国軍を更なる地獄へと導いた。
 新たな情報を聞いたマーシュ准将は、次なる罵声を飛ばそうと開いた口をそのままに唖然とするしかなかった。いつの間に、どうやって。疑問が渦巻いた後、彼の中に芽生えたのは悔しさだった。彼はしてやられたのだ、このままでは手柄は奴らのものだ!
 あまりの驚愕に動きを忘れた彼を尻目に、握りしめた通信機からは攻撃開始の宣言を終えたリンツの飄々とした声が伝わる。
「そういうわけで、准将閣下、我々も攻撃に参加しております。こちらからもα地点を重点的に砲撃致します。では、失礼」
 一方的な通信の終了を告げられ、回線は沈黙している。
 次の瞬間、マーシュ准将は頭上のベレー帽を勢いよく掴み、大地にあらん限りの罵詈雑言とともに叩き付けた。

 その後、シェーンコップ率いる潜入部隊の後背からの奇襲によって堅固な防衛線を築いていた帝国軍は壊滅する。逃亡間際の前線司令部の将校たちを捕虜とした薔薇の騎士連隊は、今回の戦闘における殊勲を挙げたといえるだろう。だがその報償として与えられたのは、お飾りのような勲章が一つと、転属先が決まるまでの後方待機命令だった。
 異動の下命を受けにマーシュ『少将』の前に立ったシェーンコップは、皮肉混じりに言われたものである。
「大佐、今回の件は私の配慮で貴官の独断専行を庇い、功績として後方へ報告したのだ。感謝することだ」
 シェーンコップは鼻で笑い、相手のジャブにカウンターを見舞った。
「司令官閣下のご配慮には、いつも感激させられます。閣下が部下を庇わず、いわんや部下の功績を横取りするような御方でなくて本当に良かったと思います」
 実際のところ、マーシュ准将は薔薇の騎士連隊が命令無視を侵したと告発しようとしたのであるが、掃討戦に先だって彼が下した命令は「支援要請」であり、その詳細は指示されていなかった。そのために、命令に関して前線指揮官の解釈の余地があり、支援の一環として潜入と奇襲を行ったとシェーンコップが主張すれば、マーシュは反論出来なかった。さらに今回の作戦で敵前線部隊と反攻拠点を壊滅させた事実が、彼に二の足を踏ませた。薔薇の騎士連隊は彼の命令を拡大解釈したが、そのお陰で彼は昇進することができたのだ。
「そう、我々は閣下の指示に従って敵を奇襲し、全軍を勝利へ導いたのです。命令無視など、どこにもなかった。そうですな、閣下」
 シェーンコップの雄弁なる威圧と昇進の魅惑の前に、マーシュは屈したのだった。
 とはいえ、少将となったマーシュは暴れ馬の如き薔薇の騎士連隊を麾下に据え置く度胸は既に尽きていた。彼らは確かに頼みとなる戦力ではあるが、扱いきれるものではないと悟ったのだ。
 そうして、薔薇の騎士連隊は次なる戦場へ向かうまでの間、ハイネセンでのしばしの休息を与えられたのである。扱いが難しいとの評判は、所属のたらい回しを生む。彼らを配下に加えようという物好きな将官が、果たしていつ現れるのかは神のみぞ知るという処だった。
 ハイネセンへ向かう兵員輸送艦の食堂で、リンツとシェーンコップは昼食を囲んでいた。
「俺たちも嫌われましたね、あんだけ働いたっていうのに」
「あんな司令の下で働いていたら、いつ捨て駒にされるかわかったもんじゃない。幸いというべことさ。お次はどんな奴が俺たちを使ってくれるのやら。しかし、なんだな」
「どうしました?」
 手元のピラフを一掬いして口に運んだシェーンコップが、盛大に表情を顰めている。
「炊事兵が作ったはずの食事より、レーションが美味く感じるのはどうしたものかと思ってな」
 同じように温かな飯を食べてみたリンツは、目の前の隊長と同様の感想を抱いた。ライスは水分を失い、殆ど味がついていない。卓上に置かれた塩や胡椒を使って好きに味付けすればいいと主張するかのような、旨味を感じられないプレートだった。
「本当ですね、こりゃ鳥印の勝ちだ。後方へ運ぶ船だからって、まともな腕の炊事班が乗っていないんでしょうよ」
 これを首都星へ到着するまでの10日間も食わされると思うと、うんざりする。宇宙空間で、なおかつ帝国軍と遭遇する危険性など万に一つもない航路を飛ぶのだ。艦内に缶詰となって気分を変える事柄の乏しい中、食事は唯一の楽しみといえるのだが、それがこれではあんまりだ。
 シェーンコップは食事もそこそこに立ち上がった。見れば皿には半分以上のピラフが残ったままだ。
「飯がまずいとなれば、やることは決まってる」
「酒ですか?」
「女だよ。幸い、後方輸送関係には女性兵が多い。それで暇を紛らわすさ。そういう訳で、当分はお前を連隊長代理に指名する。隊員たちにはリンツ、お前の好きなように訓練メニューを組んでやれ」
「…Ja(ヤー)」
 随分とラフな敬礼を施して、リンツは命令を受諾した。結局、また面倒事を押し付けられたような気がしないでもない。不味い食事を載せたトレーを片付けたシェーンコップは、悠々とした足取りで食堂を横切り、入り口近くで食事していた鹿毛の美人の正面に腰掛け会話を始めた。
 リンツは、不味さを堪えて食事を続け、ハイネセンへ戻ったらどのように過ごすかとスケジュールを思い描いた。
 実家に顔を出し、絵を描き、そして彼はもう一つの予定を休暇に組み入れることにした。
(ハイネセンで、カレーの食べられる店を探そう)
 もしもなければ、どうにかして鳥印の3番を流して貰う伝手を作ろう。そうすれば、いつでも好きなときに、前戦へ出なくともカレーを食べられる。いや、ジェイド・コーポレーションにレシピ公開の要望を送ると策も検討してみるべきだろうか。しかし、材料は入手できるだろうか。
 そうして幾つかの方法を思案していると、ブルームハルトと先の戦闘で初陣を飾ったビュッセル二等兵が連れ立って食堂へ入ってきた。どうやら、ビュッセル二等兵は新兵から熟練兵となる第一の関門を越えたようである。生き残ることが出来た上に、精神的にも潰れていないということだ。
 ブルームハルトが手を挙げて、リンツの座るテーブルへ歩み寄る。ビュッセルが二人分の食事を受け取るのだろう、配食カウンターの列に並んだ。
「少佐どの、ご一緒してもよろしいですか?」
「ああ、俺はもう少しで食べ終わるところだがな。ひとつ忠告しておいてやる」
「何です?」
「飯は最悪だ」
 リンツの正面に座ったブルームハルトは、肩を落とすという形容が相応しいほどに落胆したようだった。
「俺にとっての唯一の楽しみが…」
「いい加減、女を覚えたらどうだ?」
「いえ、俺はまだ、その…」
 ブルームハルトはあまり酒に強くない上、女と楽しむことを知らないのだった。いや、確固たる信念の上に運命の女性を探しているために、一夜限りの悦楽に耽ることを良しとしないのだ。全く、それでよく兵隊をやっていられるとはシェーンコップの発言であるが、リンツも概ね同意見だった。これで気晴らしに煙草もやらず、もっぱら訓練に精を出すというから、どこまでも健全な人物である。
 ビュッセル二等兵が食事と共に到着し、三人はしばらくとりとめなく歓談した。主に先の戦闘のことや、この十日間あまりの訓練メニューについて話していたが、ふと話題が途切れたときに年若い中隊長は、思い切ったようにリンツに宣言した。
「俺、いつか結婚するなら、料理が上手な女性がいいです」
 リンツは思わずコーヒーを気管に入れてしまうところだった。どうにもこの後輩の発言は、ぶっ飛んでいる。恐らく食事を始める前の女の話と、不味いピラフを総合した上での結論なのだろうが、あまりに脈絡がない話運びだ。
「出来れば、鳥印みたいな味で、ああいうメニューを作ってくれる女性が…」
「出会える確率は低いと思うが。カレーもドラヤキも出回ってないから、作り方を知ってる人間の方が少ないだろう」
 自らの思いつきの実現可能性の低さに再び落胆したブルームハルトを横目に、リンツは考えたのだった。
 カレーのことを調べるついでに、ジェイド・コーポレーションについても情報を集めよう、と。
 それは単なる思いつきであったが、彼のカレーへの執念が数年後、奇縁を結ぶことになったのである。


鳥印の糧


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